冒頭「できるとはかぎらないけれどリプライで出た難題で短歌をつくる」という荻原裕幸個人企画に始まり、そのストイックで自信溢れる題を見ただけで恐れおののき表紙を閉じてしまったヘボ読者の私ですが、後日怖いもの見たさでもう一度開く。
 応募された難題、たとえば「来世で餃子に生まれ変わっても」(鈴木陽一レモン)とか、「眠れない夜に唱えると嘘のようにぐっすりと眠れる短歌。できれば二、三分以内に効果の出るもの」(龍翔)とか、「一世一代の恋の告白を短歌で」(月丘ナイル)とか、まさに無理難題の二十九首が見事な歌で完遂されていて、かっこよすぎる。
   たとえばこんな歌。

  たぶん宇宙の晴れ上がりから続いてるひかりの粒のあなたの小言
   (荻原裕幸  「宇宙の晴れ上がり」中家菜津子)
   4句目までの広大で美しくもふわふわとした長い修辞をもって言う言葉が「あなたの小言」。これよりも美しく、また懐かしく表現された「あなたの小言」を聞いたことがありません。「ひかりの粒」が、かけ離れた上句と結句とを自然につなげていて、上句に現実味を、結句に抒情を与えているようです。好きな歌です。

  何が禁じられたのかさへ話せない秋にしかあなたを愛せない
    (荻原裕幸  「自由題 ただしウ段音禁止」濱松哲郎)
  「自由題」とあえて書くところが憎いですね このような題を頂いたら、何をとっかかりにするでしょう。ウ段音を使わない言葉をまず思いつくまま並べてみるでしょうか。ア段から並べていてさっさといい感じにまとまったのかな、、あ、そんな単純に詠んでないですよね。ともかくア段ばかりの音の響きの明るさは危うさとなり、内容にまで及ぶ制約の息苦しさをさらに追い込む。言われてみればウ段音を持たない季節は秋のみですが、出てくる語の中で少しニュアンスが異なり、ここにわずかな空気の流れ(呼吸の許される隙)を感じました。題の縛りを逆に活かすバランス感覚に感じ入りました。

  亡命をなさざるままにふたたびの八月まぼろしの雪が降る
   (荻原裕幸  「塚本さんが43歳の誕生日につくってそうな歌」くらげ)
 短歌の練習で文体を真似してみるというのを以前話されていましたし、塚本邦雄の文体はお手の物かもしれません。ちなみにこの歌は「1960年代前半の塚本邦夫のパスティッシュっぽくしてみました」そうです。

 題詠難しかった~と、まるで自分が詠みきったような満足感
 題詠をするとき、「題からいったん目を逸らした方が書きやすい気がします」「いちばんの問題は、題詠をいうプロセスを外しても読むことのできる作品になっているかどうかかな」とのことです。メモメモ。。

(水甕岡崎支社 木村美和)