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今年は「童謡」誕生から100年ですこれは、1918年、鈴木三重吉が手掛ける文芸雑誌「赤い鳥」の創刊が童謡の誕生、という位置づけによります。
変わらず歌い継がれてきたかに見える童謡ですが、「赤い鳥」は、文部省主導で教訓的内容を織り交ぜて作られた「唱歌」へのアンチテーゼとしての運動の中心であり、その後も、童謡は、戦争や敗戦(GHQの介入)、消費税導入……など、その時々で曲折がありました。
「汽車ポッポ」は、発表当時「兵隊さんの汽車」のタイトルで、「僕らを乗せてシュッポシュッポ……」は「兵隊さんを乗せてシュッポシュッポ……」であり、「ちょうちょう」の「さくらの花の 花から花へ……」は「さくらの花の さかゆる御代に……」であったそうです。
(2018.6.23日経プラス1参照)

先日、田中さん(仮名)と一緒に梅干しを作っていたら、小さな声でぼそぼそと何か唱え始めます。声は、途切れ途切れで、歌と気づくまでにしばらくかかったのですが、それは私の祖母も歌っていた歌でした

1ばんはじめは一の宮
2は日光の東照宮
3は桜のそうごろう (←祖母は「そうじろう」って歌っていました)
4はまた信濃の……

祖母は、ここから先を覚えていなくて、私もここまでしか知りません。
田中さんは歌ってくれているのですが、なにしろ声が小さくて、入れ歯も今日に限ってどこかへ行っちゃってて
もう一回、とお願いしたのですが、「うふふふ、、忘れちゃった」で、おしまい。
田中さんが娘のころは、あまり外のことを知る機会がなく、このような歌で学んだ、という話を聞かせてくださいました。
懐かしい歌に、二人で盛り上がったひと時でした。

梅は……、ぼちぼちと。田中さん、「梅に沸く虫は大丈夫」って、ちゃっと洗って食べてしまうツワモノですそう言えば、昔、うちの母も「なっぱ食べてる虫でしょう。なっぱ食べたとおんなじことよ」って、笑ってたっけ

「童謡は自然や家族への愛情を親子一緒に歌えるもの。これからも日本のふるさと、言葉の美しさを大切に伝え続けたい」(作曲家・日本童謡協会事務局長 伊藤幹翁)

                       (水甕岡崎支社 木村美和)