水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

このブログで、共に短歌を学び、短歌で遊べたら幸せです。
宜しくお願いします。

《このブログでやりたいこと》
①ネット歌会 ~どなたでもお気軽にご参加下さい!第三回水媒花歌会は、詳細の決まり次第ブログで告知します。
②学びの共有 ~研究発表、短歌イベント参加レポート、読んだ歌集の感想など~
③交流    ~告知やちょっとした日常風景、作品など~
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批評会/大会レポート

このブログの主催による第一回目のネット歌会を行ないました。
いくつか気づいたことを記してみます。 

第1回水媒花歌会のお知らせ


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懇親会の食事中に行われた連歌風のゲームで、「流れ来る」の初句に7・5(二句・三句)をつけることになった私たち。席はくじ引きで決まったので、普段お話する機会がない方や初対面の方も多いなか、さっそくテーブルのみなさんとの相談が始まる。
「流れるといえば川のイメージかな?」
「葉っぱや花も流れるね」
「きれいですね~」
「魚は?」
(魚は「泳ぐ」では…?でも魚からみたら「泳ぐ」より「流れに乗る」感じの方が近いのかも…)
「あと、匂いもあるよね」
「時も流れるっていうよ」
「なるほど!」
「いっぱいあるね」
「うーん、どうしよう…」
制限時間が近づくなか、良い案が浮かばず焦りは募るばかり。そんなとき、私たちのテーブルへ運ばれてきたのは炊き込みご飯。「これだ!」と満場一致で決まったのは「流れ来るたけのこごはんの良い香り」。
結果的に季節感も出たなかなか良い句がつけられたのではないだろうか。
そして、下の句を次のテーブルに託してできた3首は次のとおり。

   いつのまにか母の齢になりましたラガービールで乾杯をする

   咲き終へしなの花畑に佇みて逢ひたき人にメールを送る

   流れ来るたけのこごはんの良い香り木の芽を添へてはい出来上り

限られた時間で、お酒の入った席で作った歌ではあるが、その後黒瀬氏の厳しくもあたたかい評をいただき、大変盛り上がった1日だった。(当初は「いつのまに」のお題だったが、「これは歌意からすると『いつのまにか』とすべきですね」とご指摘をいただき「いつのまにか」と表記した。)ちなみに、初句はすべて黒瀬氏の短歌からとったものである。
このようなゲームは初めての経験だったが、とても新鮮で楽しかった。普段短歌を作っていても、7・5だけを作ることはなかなかないし、他のテーブルにうまく繋げなければという制約があるとなかなか難しく、普段使わない筋肉を使ったような気がする。改めて定型を意識する良いきっかけになったと思う。
(幻桃 江口美由紀)

4月23日、黒瀬珂瀾氏を講師に迎えて第21回幻桃全国大会が行われた。
講演(「歌にあらわれる命」)と歌会については、とても新鮮で学ぶことが多かったが、詳細は『幻桃』2018年7月号に収録されているので省略することにして、懇親会で行われた連歌風のゲームの感想を書きたいと思う。
これは、出されたお題(初句)に対して、テーブルごとに相談して7・5(二句・三句)をつけ、さらに別のテーブルが7・7(四句・結句)をつけるというもの。
お題はそれぞれ、「いつのまに」、「咲き終へし」、「流れ来る」。
いろいろ想像が膨らみそうなお題である。
ちなみに、私たちのテーブルは、「流れ来る」に7・5(二句・三句)をつけることに。
あなたならどんな句をつけられるだろうか。(こぼれ話②へつづく)
(幻桃 江口美由紀)

  

  往生極楽院(天井の船底型に極彩色の天女・菩薩色褪せてある) 

 

         三千院の庭

 

        三千院   庭に散在する石仏

 

         詩仙堂庭に通じる道

 

              詩仙堂(詩仙の間)

京の散策は雨の六月もまたさくら、紅葉に次いで魅力である、。冬も格別と聞くが

 寒さが苦手なのでこれは実現出来てない。

 三千院へはもう何回来ただろう。修学旅行、歌の師との吟行、二人の友人と

 それぞれ、秋と春季節を分けて、、、そして今回が5回目だがそれぞれ思い出深い。

 今回は春日いづみ先生を御案内しての訪れである。

 生憎の雨だが、これがこれがわたしの望んでいた天気なのである。

  朝早い、苔むした三千院の庭は実にしっとりしていて心が落ち着く。

 昨日の合同歌会の講師をしてくださったいづみ先生もつかれを吹き飛ばされたことだろう。

 自称「雨あがり女」私の面目も保たれた。ご案内した方のよろこばれるお顔をみると

 心底うれしくなるのである。

  つづいての案内の地に迷う…近頃話題の岩倉の実相院、京都随一の借景圓通寺等々。

    上賀茂の社家も魅力だし、、。

 とりあえず国際会館で食事。今回は地元下鴨のTさんがついて下さっているので心強い。

 お話の中で「詩仙堂」にいかれたことがないとお聞きしたが詩仙堂を見ずにお帰り

 いただくのはまことに残念。

 幸い金閣寺より銀閣派だとおっしゃるので此処に決定。

 写真の詩仙の間から大きな山とかの借景はないがこの地に樹勢する木々が調和

 していて実に落ち着く。若いカップルなど十数人が等間隔に静かに座る。

 紫陽花の原種で幻の紫陽花と言われた七段花をはじめて見たのはこの地なのである。

 ときどき花花の虫食いがめだったがそれも丈山のこころなのであろう。

  この堂を立てた江戸期の石川丈山なる人物に思いを馳せるひとときであった。

 1986年、5月詩仙堂ご訪問時のダイアナ妃とチヤールズ皇太子の写真があった。

 憂いに満ちたお顔から妃の苦悩も日々をおもった。

 

     木の名もつ母と水の名もつ吾と炎を挟み時に距離置く

               春日 いづみ

                              (水甕 佐々木則子)


6月2日に栄で開催された「現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年」に参加した。パネリストは、荻原裕幸さん、加藤治郎さん、西田政史さん、穂村弘さんの4名。
詳細は、書肆侃侃房の短歌ムック「ねむらない樹」に掲載されるそうなので、そちらを参照していただくとして、簡単に個人的な感想を書きたいと思う。
リアルタイムでニューウェーブを知らない私の素直な感想としては、「短歌の歴史の現場を見てしまった!」というものだった。
印象に残っている発言としては、荻原裕幸さんの「当時のライトヴァースと違う何かを目指していたわけではない。歌壇から、『前衛短歌を引き継いで、何かやってくれるのでは』と期待され、求められていたものをやってきたという感じ。」がある。
また、穂村弘さんも、ニューウェーブが短歌運動のように扱われてゆく流れに対して、「え、(そんなつもりじゃないのに乗っちゃっても)いいの?」と思ったとのこと。
それを聞いて、え、そうだったの、と正直ちょっと拍子抜けした。何かマニフェストのようなものを宣言して(当初はなかったとしても徐々に形成されて)いくものだと勝手に思いこんでいたのだ。
では、ニューウェーブとは、歌壇が新しい何かを求めていて、その波に巻き込まれた結果ということなのだろうか。
でも、その波を呼び寄せたのは、間違いなく「現代短歌のニューウェーブ」(荻原裕幸、1991年朝日新聞)であり、「場のニューウェーブ」により現在につながる短歌の場が大いに開かれた。
シンポジウムが終わってから、当時のみなさんの時代の動きに対する感度の良さ、対応力と行動力、もちろん短歌とその活動の魅力、何よりも果敢に挑戦する勇気、のようなものを想像して、ずっとどきどきしている。
「ニューウェーブとは何(だったの)か」という問いに対しては、謎は深まったような気がしていて、まだまだこれから語られていくべきと感じたし、リアルタイムで見てきた当事者以外の方の意見もたくさん聞きたい。ああ、そういう積み重ねで歴史は作られていくのだ、と感じたシンポジウムだった。
(幻桃 江口美由紀)

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