黒き津波われを襲ひくる心地してテレビの前に強張りてをり
作田清江(秋葉四郎編『平成大震災』2013年 いりの舎)

 短歌結社「歩道」はアンソロジーとして歌集『平成大震災』を発行している。東北在住の会員たちによる作品はもちろんのこと、その他の地域やアメリカ在住の会員たちの作品も収録している。
 掲出歌は東京在住の作者による。東京は遠いから関係ないとか、いや死者も出ているし計画停電はあるしやはり被災地だとか、お腹いっぱいになるような混乱が起きていたが、「津波映像の恐怖」という点においては国内外の多くの人が共通して体感したのではないだろうか。
 視覚からの情報は強烈である。津波の映像を見た「私」は怯え、しかし逃げることもできず、まるで黒い津波に捉えられてしまった人のように動けなくなり「強張(こはば)」ってしまう。整いつつ過不足なく内容を伝えている歌だ。この作者は映像を見たことで心身に不調をきたさなかっただろうか、それだけが心配である。

 『平成大震災』を読んでいて気づいたのは、人はメディアでの見聞を詠もうとするということ、そしてそれは案外、作品として成立しているということだった。掲出歌を私たちが理解できるように、メディア体験もまた体験、メディアを通して被災したこともある種の被災体験と言えるのである。
 そして一方で、東北在住会員たちによる直接的な被災体験の歌が生々しく迫る。特に巻頭の中村とき(岩手在住)による連作「巨大津波」は、津波による死の恐怖という題材と、それに負けていない技術が光っている。

(重吉知美)