水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

このブログで、共に短歌を学び、短歌で遊べたら幸せです。
宜しくお願いします。

《このブログでやりたいこと》
①ネット歌会 ~どなたでもお気軽にご参加下さい!第三回水媒花歌会は、詳細の決まり次第ブログで告知します。
②学びの共有 ~研究発表、短歌イベント参加レポート、読んだ歌集の感想など~
③交流    ~告知やちょっとした日常風景、作品など~
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             ※原稿料はお支払いできません。

2018年07月

このブログの主催による第一回目のネット歌会を行ないました。
いくつか気づいたことを記してみます。 

第1回水媒花歌会のお知らせ


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先日書いた記事、「強いられる言葉~「あじさい」第36号より」を読んでくださった方から、ご指摘頂きました。

 

 雨もよいの空を一羽の鳶の舞う 耳を塞ぎし言葉に屈す    荒美津子

 

 ご指摘いただいたのは 「雨もよい」。聞きなれない言葉ですが、調べることもせず、「雨模様」と同じかな、雨が降っているのかな、などと安易に読み進めていました。

いやいや・・・・・・、「雨もよい」って、雨降っていないのですね。と言うか、「雨模様」も、雨降ってない!恥ずかしながら知りませんでした。勉強不足ですみません。。

 

あめ もよい 【雨催い】-もよひ  雨模様。

あめ モヨウ 【雨模様】-ヤウ   雨の降りそうな空の様子。

 

  もよい 【催(い)】もよひ  もよおすさま。その状態になる気配が濃いさま。「雨」「雪準備。用意。

  モヨウ 【模様】-ヤウ  ありさま。様子。 (①③省略)

 

ちなみに、

あま ぞら 【雨空】  曇って雨が降りそうな空。

あめ もよ に 【雨もよに】  ()雨のふる中に。

 

「雨空」まで、雨降ってないとは!めっちゃ降ってそうなのに、と思うのは私だけかな。

でもって、「雨もよに」だと、雨降ってるのね……。ややこしいな。
そしてさらに、「デジタル大辞典小学館」には次のようにも書かれています。

 あめ モヨウ 【雨模様】

  1. 雨の降りそうな空の様子。あまもよう。「雨模様の雲」

  1. 雨が降っているらしい様子。あまもよう。「山間部は雨模様らしい」

[補説]1が本来の意味。2は新しい意味で、近年はさらに「現に雨が降っている」意にも使う。
文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「外は雨模様だ」を、「雨が降りそうな様子」の意味で使う人が43.3パーセント、「小雨が降ったりやんだりしている様子」の意味で使う人が47.5パーセントという結果が出ている。
(デジタル大辞典小学館 https://dictionary.goo.ne.jp/jn/6741/meaning/m0u

このたび、辞書を引くことの大切さを痛感いたしました。

教えてくださった方、有難うございました。

(水甕岡崎支社 木村美和)

 

(関連記事「強いられる言葉~「あじさい」第36号より」

http://livedoor.blogcms.jp/blog/kimuramiwa-suibaika/article/edit?id=10338417


懇親会の食事中に行われた連歌風のゲームで、「流れ来る」の初句に7・5(二句・三句)をつけることになった私たち。席はくじ引きで決まったので、普段お話する機会がない方や初対面の方も多いなか、さっそくテーブルのみなさんとの相談が始まる。
「流れるといえば川のイメージかな?」
「葉っぱや花も流れるね」
「きれいですね~」
「魚は?」
(魚は「泳ぐ」では…?でも魚からみたら「泳ぐ」より「流れに乗る」感じの方が近いのかも…)
「あと、匂いもあるよね」
「時も流れるっていうよ」
「なるほど!」
「いっぱいあるね」
「うーん、どうしよう…」
制限時間が近づくなか、良い案が浮かばず焦りは募るばかり。そんなとき、私たちのテーブルへ運ばれてきたのは炊き込みご飯。「これだ!」と満場一致で決まったのは「流れ来るたけのこごはんの良い香り」。
結果的に季節感も出たなかなか良い句がつけられたのではないだろうか。
そして、下の句を次のテーブルに託してできた3首は次のとおり。

   いつのまにか母の齢になりましたラガービールで乾杯をする

   咲き終へしなの花畑に佇みて逢ひたき人にメールを送る

   流れ来るたけのこごはんの良い香り木の芽を添へてはい出来上り

限られた時間で、お酒の入った席で作った歌ではあるが、その後黒瀬氏の厳しくもあたたかい評をいただき、大変盛り上がった1日だった。(当初は「いつのまに」のお題だったが、「これは歌意からすると『いつのまにか』とすべきですね」とご指摘をいただき「いつのまにか」と表記した。)ちなみに、初句はすべて黒瀬氏の短歌からとったものである。
このようなゲームは初めての経験だったが、とても新鮮で楽しかった。普段短歌を作っていても、7・5だけを作ることはなかなかないし、他のテーブルにうまく繋げなければという制約があるとなかなか難しく、普段使わない筋肉を使ったような気がする。改めて定型を意識する良いきっかけになったと思う。
(幻桃 江口美由紀)

4月23日、黒瀬珂瀾氏を講師に迎えて第21回幻桃全国大会が行われた。
講演(「歌にあらわれる命」)と歌会については、とても新鮮で学ぶことが多かったが、詳細は『幻桃』2018年7月号に収録されているので省略することにして、懇親会で行われた連歌風のゲームの感想を書きたいと思う。
これは、出されたお題(初句)に対して、テーブルごとに相談して7・5(二句・三句)をつけ、さらに別のテーブルが7・7(四句・結句)をつけるというもの。
お題はそれぞれ、「いつのまに」、「咲き終へし」、「流れ来る」。
いろいろ想像が膨らみそうなお題である。
ちなみに、私たちのテーブルは、「流れ来る」に7・5(二句・三句)をつけることに。
あなたならどんな句をつけられるだろうか。(こぼれ話②へつづく)
(幻桃 江口美由紀)

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 歌集を手に取ったとき、まず目に入る本の帯。帯はそれがどんな本なのかを想像させ、中身を読みたくなるかどうか、本の価値をも左右する読者への重要なメッセージだ。

そもそも帯は日本独特の文化で、外国の本には帯もカバーすらないものも多い。帯というネーミンもしかり。ネットで書籍を購入すると、帯がないことがありとても残念だ。

帯はその本の読者を想定して作られているようで、一般的な歌集の場合、読者のほとんどは歌人なので、著名な歌人の推薦文が多いと感じる。

重吉知美の記事「短歌へと誘う短歌」で、穂村弘の『ぼくの短歌ノート』は「帯の歌で短歌にハマる」と述べているように、帯が読者の心をつかむと言っても過言ではない。また、今年発行された『短歌タイムカプセル』(東直子、佐藤弓生、千葉聡 編著)の「一千年後に届けたい現代短歌のアンソロジー」というキャッチコピーのような帯からは、逆に読者層の厚さが窺える。先月末、大森静佳の第一歌集『てのひらを燃やす』の新装本が刊行さたが、帯は作家の小川洋子さんであることが、ネット上でも話題になっている。

 

久保みどり歌集『鳥と暮らす』が届いた。帯文は水甕の副代表春日いづみが執筆している。「熊野の古代の時間とルーツに思いを馳せ、ある時はひとりの暮らしをシニカルに見つめる。」と記され、帯裏の5首もとても魅力的だ。

 

 何処だろう私の立ってる現在地 星のしるしの見えぬ白地図

 自転車をとめて鉛筆さがす間にツイーッと逃げる言葉はトンボ

 ほの暗き時空を抜けて逢いにゆくわれを生みたる祖の祖に熊野

 岩田川 鮎川 古座川 熊野川 わが臍の緒につながる流れ

 マンションの白い四角い部屋のうち足から蛹になりかけている

久保みどり『鳥と暮らす』 春日いづみ選

 

(水甕 加藤直美)

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