水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

このブログで、共に短歌を学び、短歌で遊べたら幸せです。
宜しくお願いします。

《このブログでやりたいこと》
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②学びの共有 ~研究発表、短歌イベント参加レポート、読んだ歌集の感想など~
③交流    ~告知やちょっとした日常風景、作品など~
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2018年06月

のらねこ
「のらねこ歌会フリーペーパーvol.3」より。

  長い指をすこし握った葉桜を見上げたどこにも行けなかったね
                      (嶋田さくらこ「薄紅」)

 せつない。二人の関係も、背景も分かりませんが、二人が今、葉桜を見上げて立つこの場所や、そこに辿り着くまでに流れた時間が、かけがえのないものであることが伝わってきます。長い指の持ち主は、恋人かもしれない。認知症か、記憶を失った人かもしれない。夢破れて呆然と立つ人かもしれない。なみだが出そう。

  
  見にいくとかなり本気でスクワットしている君だ この雨の中
                       (久哲「別棟家族庵」)

 めっちゃストイックな君だなぁ。昨晩、うちの方でも結構ひどい雨が降り、短時間でばりばり雷まで鳴りましたが、あの雷のなかでもやってるんだろうなぁ。182、183、184、……うわあああ。〈見にいくと~君だ〉という奇妙な書きかたで、がっつり君をクローズアップ! 好きなんだろうなぁ、〈君〉のことが。頑張る人、応援します!

              
  いつまでもミニスカートじゃいられない手折らずに見てるあなた馬鹿なの?
                     (なつお「僕の百人一首」)

 素直で可愛い彼女が目に浮かびます。幼く見えましたが、実はそこそこお姉さまでちょっと焦る年齢なのかもしれません。〈手折らずに〉の古語が入ることで、一首に重みが加わり、〈あなた〉の人柄へも想像が及びます。このような ↓ 歌と併せて読むのも面白いと思いました。個人の思いは時代を作りもし、時代に流されもします。今を読み、今を問いたい短歌でした。

  摘まるるものと花はもとよりあきらめて中空にたましひを置きしか
             (川野芽生「Lilith」第二十九回歌壇賞受賞作)
  淡黄のめうがの花をひぐれ摘むねがはくは神(旧字)の指にありたき
                            (葛原妙子)

                               (木村美和)
  



  蝉の声地から這い出て空に聞くあれは土の音ぎっしり詰まる 

  耳鳴りは苦しかろうと蝉達の耳の心配要らぬお世話か

  空蝉の小さき羽根の痕跡は地下で夢見し飛行訓練

  抜け殻は十字に割れて捨て置かれ蝉の人生前のめりなり

  梅雨明けに一斉に飛び立つ蝉達の夏の戦いわれも参戦

         (勝又隆「蝉の歌」より)短歌同人誌「淵」第219号

 そう言えば、もうすぐ蝉の季節。 
 昨年の夏は雨ばかりで蝉の声も少なく、姿も声も、夏の匂いさえ忘れかけていましたが、勝又隆さんの「蝉の歌」20首を読み、夏の記憶が鮮やかに蘇りました。

〈あれは土の音ぎっしり詰まる〉〈耳鳴りは苦しかろう〉〈蝉の人生前のめりなり〉などのユニークな発想と、それらを支える丁寧な描写、それから〈~かろう〉〈~なり〉といった文語の味わいにも、惹かれました。
〈苦しかろう〉と心寄せつつ、〈要らぬお世話か〉だなんて、可笑しいなぁ、この人www

 よし! 梅雨が開けたら、私も参戦します!
 蝉、蝉蝉蝉ーんみーンミーン……。

                           (木村美和)
  
 

 短歌結社・水甕の今年の新人賞が、結社誌6月号に発表されました。受賞者は一海美根さんです。

髪を切る夢を何度もみるうちにわたしの髪は短くなりぬ
一海美根 受賞作「髪を切る夢」より

 退職直後の心の揺れを率直ながら丁寧な言葉で綴った表現と、無理のない構成が評価されたようです。

 水甕社のホームページでは、受賞作「髪を切る夢」の全20首が掲載されています。
 水甕社のトップページの「2018年の新人賞が決まりました。」をクリックするか、トップページの左側の「2018年新人賞」をクリックしてください。直リンクはこちら
 
 次席は、郷田淳さん。タクシー運転手としての職業詠連作でありながら、ファンタジーのような情景描写がユニークです。

薄明のなまめかしさはガラス越し汗といっしょに白濁してる
あてのない流し営業 毒草や螢光菌の中をさ迷う
水着きた骸骨星座がダンスする凍えた月のオルゴールにのり
郷田淳 「骸骨星座」より

(水甕 重吉知美)


追記:一海美根さんは当ブログ「水媒花」にイベント報告記事を寄稿してくださったことがあります。
<夜間中学を語る> 鳥居×前川喜平氏対談 in東京 に参加しました」(2018年3月29日の記事)

6月2日に栄で開催された「現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年」に参加した。パネリストは、荻原裕幸さん、加藤治郎さん、西田政史さん、穂村弘さんの4名。
詳細は、書肆侃侃房の短歌ムック「ねむらない樹」に掲載されるそうなので、そちらを参照していただくとして、簡単に個人的な感想を書きたいと思う。
リアルタイムでニューウェーブを知らない私の素直な感想としては、「短歌の歴史の現場を見てしまった!」というものだった。
印象に残っている発言としては、荻原裕幸さんの「当時のライトヴァースと違う何かを目指していたわけではない。歌壇から、『前衛短歌を引き継いで、何かやってくれるのでは』と期待され、求められていたものをやってきたという感じ。」がある。
また、穂村弘さんも、ニューウェーブが短歌運動のように扱われてゆく流れに対して、「え、(そんなつもりじゃないのに乗っちゃっても)いいの?」と思ったとのこと。
それを聞いて、え、そうだったの、と正直ちょっと拍子抜けした。何かマニフェストのようなものを宣言して(当初はなかったとしても徐々に形成されて)いくものだと勝手に思いこんでいたのだ。
では、ニューウェーブとは、歌壇が新しい何かを求めていて、その波に巻き込まれた結果ということなのだろうか。
でも、その波を呼び寄せたのは、間違いなく「現代短歌のニューウェーブ」(荻原裕幸、1991年朝日新聞)であり、「場のニューウェーブ」により現在につながる短歌の場が大いに開かれた。
シンポジウムが終わってから、当時のみなさんの時代の動きに対する感度の良さ、対応力と行動力、もちろん短歌とその活動の魅力、何よりも果敢に挑戦する勇気、のようなものを想像して、ずっとどきどきしている。
「ニューウェーブとは何(だったの)か」という問いに対しては、謎は深まったような気がしていて、まだまだこれから語られていくべきと感じたし、リアルタイムで見てきた当事者以外の方の意見もたくさん聞きたい。ああ、そういう積み重ねで歴史は作られていくのだ、と感じたシンポジウムだった。
(幻桃 江口美由紀)

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ごつごつと狛犬じゃれあう音ひびく青島神社に匂い立つ闇 笹公人 

 
5月31日、水甕全国大会2日目、笹公人氏の講演「現代短歌の散文化とアニミズムの衰退について」の中で紹介された1首だ。狛犬とは神社に置かれている獅子のような犬のような動物の像で、魔除けの力があるとされている。雄と雌が対に置かれることが多く、その2匹がじゃれあう音がごつごつとひびくという。ちょっと不思議で、ちょっと怖い。穂村弘が「怖い歌はいい歌」と言っていたのを思い出す。怖い歌はたしかにおもしろい。怖いと思う人の心に触れてくるから。講演のなかで「目に見えるものは見えないものに触っている」という言葉が印象的だった。   (加藤直美)

  悪霊に憑かれしファービー甘え声でオレゴン州立刑務所を語る   笹公人

  幽体を剥がしてメールに添付する行きたいところは聞いてやらない      笹公人
                                         

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