水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

このブログで、共に短歌を学び、短歌で遊べたら幸せです。
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2018年06月

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  ダナイード、とわたしは世界に呼びかけて八月のきみの汗に触れたり
                             大森静佳『カミーユ』


 6月24日、京都の出町座という小さな映画館の一室で、大森静佳の『カミーユ』刊行記念、大森静佳と林和清の対談「短歌をよむ、映画をかたる」というトークイベントが開催された。
 歌集『カミーユ』には「カミーユ・クローデル」という1988年のフランスの映画をベースにした作品が多数掲載されているが、私はこの映画を観たことがなく、歌集を読みきれずにいた。が、わからないなりに迫ってくる勢い、いや狂気のようなものを感じ、どこか謎めいたところに魅了されていた。
掲出歌もそんな歌のひとつだった。ロダンの彫刻作品である「ダナイード」は、寂しそうな苦しそうな女性の背中の彫刻である。その様相から「ダナイード」はわたし(作者)の淋しさや苦しさであると感じていた。背中ゆえ自分では見えない気づかない淋しさかと。
 このトークイベントで、映画「カミーユ・クローデル」について、そして壮絶な「ダナイード」の背景の物語を聞き歌の印象は少し変わった。謎が少しとけた気はするが、謎は謎のまま楽しむのも読みのひとつだろう。
 林氏は、大森氏の歌の作り方を狩猟的と言う。「狩猟採集」の狩猟。採集が自分の欲しいものを集めて来るのに対し、狩猟は獲物に向かって突き進むタイプだと。そこに私が彼女の作品に感じた迫力や狂気が潜んでいるのかもしれない。 (水甕 加藤直美)


  Call Me By Your Name(君の名前で僕を呼んで)   大森静佳 
   
   まなざしが共鳴しあう 青すぎて空を空ともおもえぬ日々に
   追いつけぬ心に夏のただなかをティモシー・シャラメのクロールがゆく
   ピアノの音ひとつひとつが弾力だ 微熱を帯びてこれは光だ
   骨格の隙間にくるしい花が咲き抱きあうたびにぜんぶ破れる
   何ひとつ忘れないっていうことはアプリコットの果肉の苦さ
   葬るな、痛みを 痛みの眩しさを 夜明けのプールに足をひたして
   あたたかな火を見つめつついつまでもあなたの名前が音楽だった

                           















先の記事、
「プロフェッショナルの自覚」(重吉知美)

http://livedoor.blogcms.jp/blog/kimuramiwa-suibaika/article/edit?id=10182441
を、興味深く読み、少し書かせて頂きたいと思いました。

  異性への入浴介助恥ずかしい笑顔を見ると気にならない
                        VU THI THU TRUNG [
ブティテゥチャン]NHK介護百人一首2018


引用歌は、介護する側の視点で、また介護を学ぶ(疑わぬ)姿勢で詠まれた歌のようです。記事では、気持ちの変化の一瞬を、「プロフェッショナルになった瞬間」 と表現されています。
ここで書かせて頂きたいのは、本物のプロフェッショナルであれば「恥ずかしい」と感じた心も大切にしているのではないか、ということです。

人から身体介護、特に体の大切な部分を触られる入浴や排せつの介助を受けるとき、そこには、さまざまな葛藤が生じ得ます。 

交通事故で四肢麻痺となったAさん(女性)は、中学生の頃に施設で若い男性職員から生理の始末をされたことが、障害を負って一番辛かったことだと言われます。
ほぼ寝たきりで、いつもぬいぐるみのプーさんや天井に映る神様と話しているBさん(女性)は、「女性」から、陰部洗浄の介助を受けて、「犯された」と泣かれました。
Cさん(男性)は、導尿を介助されながら「末期癌のくせに性欲が無くならない。私はおかしいのではないか。」と、言われます。


中には異性介助を望まれる方も見えますが、
引用歌の作者は「恥ずかしい」と思った。それは自然の心のありようで、その気持ちは、介護を受ける人の気持ちを思いやることにもつながるのではないでしょうか。
歌に清々しさを覚える一方で、どの職にもあるであろう、「気にならなくなること」 が、プロフェッショナルの死角を孕むことについても考えさせられました。

                                (水甕岡崎支社 木村美和)



                           









異性への入浴介助恥ずかしい笑顔を見ると気にならない
VU THI THU TRUNG [ブティテゥチャン]『NHK介護百人一首2018』
 
 作者はベトナムから留学し、介護職を目指していた女性。
 私は介護の現場は知らないが、病院で男性の医師や看護師、検査技師に肌を見せることはある。そこで照れたりしないのがプロであり、こちらも彼らのプロフェッショナル意識を信頼して体を預けている。
 この作者には、当初はそうしたプロとしての自覚がまだなかった。介護の勉強を始めたばかりだったのかもしれない。彼女の「照れ」を変えたのが、利用者たちの<笑顔>だ。入浴介助を受けて満足そうに微笑む彼らを見て、この仕事が重要であり、恥ずかしがる必要などないと確信したのだろう。
 つまり、この歌は内面の変化の一瞬を表現しており、読者は彼女が介護職のプロフェッショナルになった瞬間に立ち会ったのである。

(水甕社 重吉知美)


04

今年は「童謡」誕生から100年ですこれは、1918年、鈴木三重吉が手掛ける文芸雑誌「赤い鳥」の創刊が童謡の誕生、という位置づけによります。
変わらず歌い継がれてきたかに見える童謡ですが、「赤い鳥」は、文部省主導で教訓的内容を織り交ぜて作られた「唱歌」へのアンチテーゼとしての運動の中心であり、その後も、童謡は、戦争や敗戦(GHQの介入)、消費税導入……など、その時々で曲折がありました。
「汽車ポッポ」は、発表当時「兵隊さんの汽車」のタイトルで、「僕らを乗せてシュッポシュッポ……」は「兵隊さんを乗せてシュッポシュッポ……」であり、「ちょうちょう」の「さくらの花の 花から花へ……」は「さくらの花の さかゆる御代に……」であったそうです。
(2018.6.23日経プラス1参照)

先日、田中さん(仮名)と一緒に梅干しを作っていたら、小さな声でぼそぼそと何か唱え始めます。声は、途切れ途切れで、歌と気づくまでにしばらくかかったのですが、それは私の祖母も歌っていた歌でした

1ばんはじめは一の宮
2は日光の東照宮
3は桜のそうごろう (←祖母は「そうじろう」って歌っていました)
4はまた信濃の……

祖母は、ここから先を覚えていなくて、私もここまでしか知りません。
田中さんは歌ってくれているのですが、なにしろ声が小さくて、入れ歯も今日に限ってどこかへ行っちゃってて
もう一回、とお願いしたのですが、「うふふふ、、忘れちゃった」で、おしまい。
田中さんが娘のころは、あまり外のことを知る機会がなく、このような歌で学んだ、という話を聞かせてくださいました。
懐かしい歌に、二人で盛り上がったひと時でした。

梅は……、ぼちぼちと。田中さん、「梅に沸く虫は大丈夫」って、ちゃっと洗って食べてしまうツワモノですそう言えば、昔、うちの母も「なっぱ食べてる虫でしょう。なっぱ食べたとおんなじことよ」って、笑ってたっけ

「童謡は自然や家族への愛情を親子一緒に歌えるもの。これからも日本のふるさと、言葉の美しさを大切に伝え続けたい」(作曲家・日本童謡協会事務局長 伊藤幹翁)

                       (水甕岡崎支社 木村美和)



募集を締め切りました。(6月24日)




ネット歌会を行います。
近くに歌会の無い方や、なかなか足を運べない方、お気軽にご参加ください。
参加者の所属結社や所属の有無は、問いません。

下記の日程で行います。

6/19(火)~ 6/23(土) 参加者募集期間
6/23(土)23:59 (日本時間) 募集締切
6/24(日)~ 6/30(土) 出詠(無記名)
7/1(日)~ 7/2(月) 投票
7/3(火)~ 7/7(土) 歌会(批評・意見交換)
7/8(日)~ 7/9(月) 作者による名乗り

参加申し込みは、第1回水媒花歌会幹事、重吉知美までお願いします。

tomomi0831☆gmail.com (0831は数字です。☆を@に変えてください。)
 
以下の項目をメールにてお送りください。
・名前(短歌でご使用のお名前・筆名)
・結社(所属結社・グループのない方は「無所属」)
・水甕社員は支社・グループ名(支社のない地域の方はその旨をおしらせください。)

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