水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

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2018年05月

蘭ちゃんは人なつっこい犬だっただったは過去形さみしい私
高岡真大(たかおか・まひろ)2018年2月号『水甕』

 短歌結社・水甕には、小中学生の会員もいる。中学生の高岡真大さんは、小学生の頃から結社誌の常連だ。家族との会話や学校での出来事の歌を大人の仲間たちが微笑ましく読んでいたが、2月号の「あの日あの時」コーナーに寄せたエッセイでは少し様子が違っていた。愛犬の闘病の末の最期について綴り、四首の挽歌を添えていたのだ。掲出歌はそのうちの一首である。
 犬と生きたことのない私でも、看取った時の記述は胸が詰まる。その短いエッセイの終盤に、彼女はこう記している。

蘭の歌は亡くした時のものばかりだ。どうしてだろう。
元気な時のをどうして詠まなかったのだろう。

 歌人の中には「不幸な歌の方が面白い」という人が時々いる。それは「他人の不幸は蜜の味」という不道徳な心理によるものであったり、悲しい歌の方が共感し理解しやすいとか選歌しやすいというものであったり、大抵は読者の都合として語られていることが多いように感じる。
 対して、高岡さんは短歌の制作を続けてきた者としての自問を示している。なぜ、別れてしまった後のさみしい歌ばかり詠むのだろう。悲しみや不幸を歌わずにはいられない歌人たちが、共通に抱えている疑問だ。この問いに続けて、彼女はこの一文でエッセイを終える。

あの日あの時私も家族も蘭もみんなが幸せだったのだ。

 幸せの記憶が挽歌の動機となるのかもしれない。

(重吉 知美) 

前半を未読の方はこちらの記事をどうぞ。
(寄稿)「第33回俊成の里短歌大会」参加報告①

3 記念講演  「短歌の魅力」 小島 ゆかり氏

 60分間にわたり、日本の各地で行われた短歌大会で小島氏が出会った心に残る歌など17首を取り上げ、その魅力について語られた。

 

  ハムスターしゅるいはきんくまハムタロウすなほりがすきまわるのもすき
                              小一・女子

「わたしが飼っているのは、キンクマという種類のハムスターで名前はハムタロウ、好きなことは…」と、5つの情報が無駄なく、リズムよく歌われています。

 

  ベトナムの森に鉛を撃ちし祖父/水鉄砲で/我と戯むる   高三・男子

 岩手県の啄木を記念する大会に出された、アメリカ人を父とする人の作品で、三行書きされています。

ベトナムに従軍した祖父は、鉛の弾を打ったけれど、僕と遊ぶときは水鉄砲だ! 同じ人間が時と場所が変われば別人となる戦争の怖さを伝えてくれています。啄木の歌を踏まえた結句も効果的です。
 

  ごめが鳴く(にしん)曇りの空はるかふる里の「増毛(ましけ)」の駅は消えゆく  男性

〈ごめ〉は「カモメ」のことです。「増毛駅」は高倉健さんが主演した映画「駅 STATION」の舞台となったことで有名ですし、北海道増毛郡増毛町の町名の由来はアイヌ語の「マシュケ」(カモメの多いところ)からきていて、その字からご利益を連想する人も……。

  安倍死ね、と言はない方がいいですよと諌められたり答案の隅に
                     大松達知『ぶどうのことば』

 授業中に思わず口がすべった言葉でしょうか、それを直接にではなく答案用紙に「落書」。それを「諌め」と受け取る生徒と教師の人間関係。なにかほのぼのとしますね。
 個人的なことですが、小島ゆかり氏は今年の2月に「中日歌壇」に何年振りかに投稿した私の歌を一席に選んでくださいました。
 あの悲惨な戦争を通して心より願った軍備によらない平和実現の理想が、今、無残に塵にされようとしています。そのことを紙面ではしきりに取り上げているのに、中日歌壇ではいっこうに詠われていない。もっと歌壇でも取り上げてほしいと願って送りました。投稿直前、結句に「九条守れ」と「と」をボールペンで追記して。すると、結句を〈九条守れ〉と添削されて取り上げてくださったのです。

  
寒中に一時間立ちいっぴつの署名いただく九条守れ    佐野都吾

 市民は無関心だ、とも受け取られる歌です。しかし、署名に近所を回った妻は、「駅前では急ぐ足は止められない」と教えてもらいました。さらに私の歌仲間が署名用紙を持ち帰って集めてくれたり、進んで署名をしてくれる方が与えられたりしました。

一首の重みを実感した瞬間でした。その感謝の意味もあって、この大会に参加した私でした。

                  (寄稿・水甕岡崎支社 佐野都吾)

4月29日、愛知県蒲郡市で行われた「第33回俊成の里短歌大会」に参加しました。

小島ゆかり氏の「短歌の魅力」についての講演と、この大会の選者をしている、栗木京子氏や島田修三氏の歌評をじかに聞きたいと願ったからです。その大会の様子の一部を紹介します。

 なぜ蒲郡市で藤原俊成の短歌大会が開催されるのか

 「小倉百人一首」の選者として有名な藤原定家の父である、俊成の名を冠する大会が、なぜ三河湾を臨む蒲郡市で行われるのだろうか。「蒲郡開発の祖 藤原俊成」と大書し大会で配られた資料によれば、俊成は平安時代後期の1145年に、三河国の国司(現在でいう県知事)に任命され、3年5か月の間に、今の蒲郡市の中心部を開発した、という。

 大会大賞二首の紹介

(愛知県知事賞)
   
青紅葉窓の()に揺れ教室はガラスの明るき水槽になる  
                      三重県鈴鹿市  森谷
佳子

青紅葉は初夏の楓の青葉のことと、初めて知りました。人さまの歌を読むと、未知の言葉と出会い、戸惑いと無知をさらす恥じらい以上に「言葉の扉」が開かれていく喜びを感じる私です。
「教室を明るい水槽に見立てる意外性に富んだ発想……爽快なイメージを描いた一首」(島田氏)。「明るさと見立てがよい」(小島氏)。

 

(蒲郡市長賞)

  目覚めから独りなんだと気づくまでまだ夫がゐる甘やかなとき  
                     静岡県磐田市  松島 良江

目が覚めて現実に戻ると夫の不在を知ることになる。夢の余韻にひたるひとときを〈甘やかなとき〉と表したところに切ない愛情が湛えられており、心を打たれた」(栗木氏)

 

                  (寄稿・水甕岡崎支社 佐野都吾)







  みどりより金色がいいに決まってる平凡な日に添えるキウイは
香村かな(『果実短歌〜空き瓶歌会有志による折本〜』2018年5月)


 この歌がいいのは〈平凡な日に〉という語があるからだ。「特別な日に」ではない。金色に輝く果肉のゴールドキウイは、「私」にとって普通の緑のキウイより特別な感じがするのだろう。いつもの〈平凡な日〉の食卓だからこそ、明るい色の甘いフルーツを。「特別な日に」としていたら、この歌自体は平凡になったかもしれない。

  なにごともないといふ日のうつくしさタルト・オ・フリュイを買つてかへりぬ
有村桔梗(同)

 この歌も、何事もない日にタルト・オ・フリュイ(フルーツのタルト)を買うという、それだけの歌だ。だが、〈なにごともないといふ日〉が美しい、と言い切っているのが面白い。そんな「私」が買うのは、きっと色とりどりの果実を盛られた華やかなタルト・オ・フリュイなのだ。オレンジと真っ赤ないちご、食感も楽しいブルーベリーは外せない。

 空き瓶歌会は、新潟に地盤を置いている非結社的な集まりの歌会。コンビニのネットプリントで配布中の歌誌を手にいれた。5人の歌人が「果物」をテーマに連作を発表した。
 セブンイレブンのネットプリントで今月14日まで配信している。
 

(重吉 知美)

 半年ほど前から、西宮市の点訳ボランティア養成講座で点字を習っている。
点字は縦3点、横2点の6点で表し、母音と子音の組み合わせで音を表現するので、ローマ字の表記に近いのだが、実に細かいルールがあり悪戦苦闘している。

 たつぷりと冬の日差しがふりそそぐ宇宙の端の点字図書館

 缶の蓋の点字〈お・さ・け〉と読める夜は弓手に触れて飲む人思ふ
 
 白い頁に散りばめられたこの白い点字の星に届かない手の

   加藤直美 芦屋水甕短歌会『五月風38』より 


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