最近、二冊の歌集を読んだ。

後藤さん殺害のニュースにNHK日曜のど自慢十五分遅る
  久保みどり『鳥と暮らす』(角川書店、2018年)

二〇一五年二月
オレンジの服着せられし人の下ちいさくならぶ平凡な死は
吉川宏志『石蓮花』(書肆侃侃房、2019年)

 二人が同じ事件を詠んでいる。2015年、イスラーム過激派のISILが二人の日本人を殺害した事件だ。このうちの一人はジャーナリストの後藤健二さんだった。それぞれ事件の時に詠んだ歌を、歌集に編み込んだのだろう。
 久保さんの作品を読んだ時、最初はさっと読み飛ばしたが、後からじわじわと怖くなってきた。NHKの人気番組の放送開始が15分遅れるほどの大ニュースだった、という歌だ。と、最初は理解していた。
 でも、待てよ?邦人がテロ組織に無残に殺されたんだよ?え?待って、『のど自慢』を遅らせただけ?それだけ?え?
 つまり、この歌は「ジャーナリズムが娯楽番組を報道よりも優先させた」という事実をすらっと書いている。それが分かると、この国の空気自体が急に怖くなってしまう。

 吉川さんはISILがインターネットに公開した動画を見たのだろうか(私は見ないことにしている)。その映像の下に人質たちが亡くなったことが記されているのだろうか。
 結句の<平凡な死は>は意見が分かれるだろう。海外で拉致されて「処刑」されるなんて死に方が<平凡>な訳が無い。死ぬことそのものは誰にも訪れる<平凡な>現象だ。だが、死というものの普遍性ゆえに「処刑」してその様子を全世界に見せびらかすという行為の異常性が際立ってくる。そして、読後には人質たちが着せられた囚人服の<オレンジ色>が、脳裏に不気味に染み付いてしまう。

 時事詠は「すぐに古くなる」としてあまり詠みたがらない人がいる。しかし、こうして歌集に編んでまた誰かに読んでもらうと、「あ!そんな事件あった!」と思い出して真剣に鑑賞される可能性だってある。少なくとも読者としての私はそうだ。古くなるなんて言わないで、詠みたい時事詠を詠んでくれ。

(重吉 知美)