このエッセイは、主に水甕社の会員に向けて書いています。

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 新しい加害者を出すな⑤私性とゲスい質問という記事がそこそこ読まれているようで、いい加減なことを書いてはいけないな、と身が引き締まる。読者の存在はとても嬉しい。問題なのは、読んでほしい水甕の会員にこのブログがさっぱり知られていないことである。
 それでもやはり今回も水甕の人宛てに、この記事の補足をもう少し試みてみたい。

 前回の記事を書いた時、私はなんとなく河野裕子(かわの・ゆうこ)さん(1946-2010)と永田和宏さん(1947-)を想起していた。私は彼らの熱心なワナビーではなかったが、知らない人のためにも説明を試みてみよう。彼らは二人とも歌人という夫婦で、しかも日本の専門歌壇では有名なビックカップルだった。さらに興味深いことに、彼らの子どもたち二人も短歌制作を続けており、総合誌などで活躍する有名歌人である。つまり、彼らの家は、親子二代に渡って若い頃から歌人としての業績を積んできた家族だった。
 ところが、河野さんはガンにかかってしまう。彼女は私生活を作品に投影することを重視する人だったようで、ガン罹病をオープンにした上で作歌を続けていた。そして2010年に亡くなった。
 同じ年に有名な歌人が実は何人か亡くなったのだが、河野裕子さんの死はなんというか違っていた。この年の水甕社の結社誌には、彼女への追悼歌がたくさん掲載されたのを記憶している。もちろん、私も含めて水甕の人たちには、河野さんご本人との面識などまったくない(はず)。河野さんカップルと子どもたちは「塔」という他の短歌結社の所属で、水甕とは無関係なのだから。それにもかかわらず、水甕の人たちは彼女の死を悼み、追悼歌を詠んだ。おそらく他の結社でも似たような現象があったと思う。特に、彼女と同世代の当時60代だった女性たちからのシンパシーはかなりのものだった。

 さて、問題はここからだ。水甕社の会員で、当時をよく知る人にきいてみたい。もし、永田和宏さんやお子さんたちと偶然対面した時に、亡くなった河野さんのことをズケズケと聞いていいものだろうか。彼女の病気のことや最期のこと、今の心境を聞いていいだろうか。
 答えは「No」だ。なぜなら、永田さんたちはこちらのことを知らないからだ。彼らにとって私たちは「知らない人」だ。
 しかし、私たちはおそらく間違えてしまう。目の前にいる人は、憧れの、親愛なる、その作品を通してその私生活をすっかり知っている(つもりになってしまっている)短歌作品の作者たちだ。うっかりするとやっちまう。だからこそ「相手が自分を知っているかどうか」でよく踏みとどまらなければならない。

 ばっかじゃん、そんなことするわけないじゃん、という人も、同じ結社の無名歌人である会員にはやっちまってしまっていないか。
 私が離婚したこと、給料が安いことなどを歌に詠んだとしても、それを対面できいてくるんじゃない(多分、奇声をあげながら威嚇してくる)。誰かが親を亡くしたこと、育児に悩んでいることを詠んだとしても、それを対面できくもんじゃない。自分が相手を知っていても、相手が自分の歌を全部じっくり読んで知ってくれているとは限らないからである。


(水甕 重吉知美)