3人目のパネラーは清水正人氏です。
最終発言で、また司会を兼ねており「ここまでで話題にされなかった点を」ということで、お話しくださいました。
※簡単な抜粋メモです。お気づきの点等ございましたらお手数ですがお知らせください。

Ⅰ ユーモアとアイロニー
 ユーモアの奥行きにはアイロニーが必須である。アイロニーにユーモアが欠けていたのでは、聞くに堪えないのと同様に。有無を言わせぬ痛烈な皮肉を纏った著者の諧謔はすこぶる健康である。(レジュメより)

  しあはせであるしわよせがやつてくる皆様にはご健勝のことと
→一つまみの塩が、ある種の奥行になる。

  石鹸を使ひ終はつた午後届く喪中葉書に咲く胡蝶蘭
→石鹸は、終わりに近づくと無くなったり、新しいものに貼り付けたりする。それを最後まで使い切る作者の午後。

  玉かぎるハローキティは前足でペロペロキャンディー持つたりもする
→「玉かぎる」は「ほのか」「夕」「はろか」などにかかる枕詞。「はろか」⇒「ハロー」⇒「ハローキティー」と活用?!

Ⅱ 特権的肉体考
 肉体を持たない人間はいない。存在はその始まりからすでに特権的なのである。とりわけ著者の肉体は、著者の言葉によって異化されて、不思議な量感を獲得した。(レジュメより)

  欄干にいつまでも胸押しつけて水面見つめる少女であつた
→著者の歌に出てくる胸は、乳房というより大胸筋がイメージされる。欄干にいつまでも押し付けている肉体感覚。

  水は青く、ないと言ひかけザラザラのプールサイドに膝抱へゐき
→〈ザラザラの〉という肉体感覚。その中で膝を抱えている。

(水甕岡崎支社 木村美和)