
12月2日京都で現代歌人集会秋季大会が開催され、米川千嘉子氏の講演「人間的なるものの深さへ~岩田正と窪田空穂~」を聴いた。不勉強な私は、岩田正は馬場あき子さんの夫で、1年程前に亡くなられたこと以外の知識はほとんどなく、短歌総合誌で時々作品を読む程度だった。
講演のレジュメより岩田正の歌をひく。
①餃子食べし美人と前後し店を出るきみもニンニクわれもにんにく『レクエルド』
②九条の改正笑ひ言ふ議員このちんぴらに負けてたまるか『視野よぎる』
③花林糖をバリバリ齧る嚙むうちにこいつめこいつめといふ気でかじる『背後の川』
④ぼけし老いとぼけのふりしてつきあへど五たす五は十これは譲れぬ『柿生坂』
⑤老い達の競ふ百人一首さてはまず空札(からふだ)一枚わが歌を読む
⑥安倍首相嫌ひなれどもテレビ見るはげしく嫌ふ元気出るゆゑ
岩田正がこんなに楽しい歌を詠っていたとは!岩田は晩年、週1回デイサービスに通っていたそうだ。もちろん惚けていないしお元気だったのだが、④⑤のそこでの人間観察をした歌はユーモアがあり微笑ましい。②9条改正、⑥安倍首相の歌もくすっと笑ってしまうのだが、心の奥底には深い思いがあったにちがいない。老いや戦争や政治について直接的に語るには短歌という器は小さすぎる。しかしいずれの歌も表現が具体的で、ときにシニカルで人を見る眼差しがとても温かい。これらの歌には細部を丁寧に詠うことで、老いるということの切なさや今の政治への苛立ちややるせなさ、そんな思いを感じるのである。
「角川」11月号に、妻である馬場あき子さんのこんな歌が掲載されている。
あのひとがうつればテレビ消すは誰たれもとがめず萩の花ゆれて 馬場あき子
「あのひと」は安倍首相。⑥の歌を合わせ鑑賞すると、とても味わい深い1首である。
(水甕芦屋支社 加藤直美)