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「③空を見上げる」でも触れたが、作者は、見るもの聞くものを、まるで生まれて初めて体験する刺激のように受け止める。既成の概念を疑い、自身の感覚で捉え直し、言葉を与える。今ある世界は少しずつ破壊され、新しい世界が築かれてゆく。


  まれまれに綿の詰まりて生まれくる体のあるを長らく信ず (p126)

 1首で読むと、幼びた可愛らしい無知、あるいは天然少女のようでもあり、おそらくそのような部分もこの歌の一面なのであろう。(参照:重吉知美「④ブラックユーモア」http://livedoor.blogcms.jp/blog/kimuramiwa-suibaika/article/edit?id=12277050)
 しかしこの歌を、連作「闇の温度」(pp124-127)の中に読むとまた異なる様相を帯びてくる。作者は、息も詰まるような寂しさに居る。布団に足を入れれば〈闇の温度〉に触れてしまい、〈影引くことも許されなくて〉、〈動かなくなるまで蟻を泳がせ〉る。作者は〈綿の詰まりて生まれくる体〉に、自身を重ね合わせたのかもしれない。痛みを確認し、自分の中に赤い血が流れることを確認せずにはいられなくなったのかもしれない。

  我が母の腹の膨らみ日ごと増し孕み直されゐたるわたくし (p96)
  熟寝(うまい)する母を初めて見し夜明け漕ぎ出さむと乗りし方舟 (p194)
  酔ひたれば角にぶつけるこの胸の膨らみにまだ慣れ切ってない  (p132) 

  

生まれる以前、母の胎内に生を受けるところから、作者は「感じる」ことをやり直し、自身の言葉をもって生まれ直す。出生は大変な衝撃で、そのときに受ける無意識の傷、こころの傷がのこるという。(吉本隆明『詩人・評論家・作家のための言語論』pp27-29)そのような痛みを伴いながら、あえて生まれ直し、生き直す。そうすることでようやく、作者は生きている実感を得ているのかもしれない。

(あとがきより)
「私は我が身を爛れさせる痛みを、代わりの痛みとして、自分を切り裂かなければ生きてこられませんでした。(中略)私にとって短歌は、「苦しみ方を変える変圧器」のようなものです」

 

(水甕岡崎支社 木村美和)