近所のスーパーに、28日公開の時代劇『散り椿(つばき)』のポスターが貼ってあります。さほど気にとめていなかったのですが、先日それについて書かれた記事を読み、興味をひかれました。
 『散り椿』は「名カメラマン木村大作が監督として初めて挑んだ時代劇」で、興味をひかれたのは木村の語り。豪雨の向こうにおぼろげに人物の顔が映る場面について、「洪水の中にいるようだったが、現実の10倍を超えないとリアリティーは出ない。感情も表現できない」「蛍光灯だけで何でも映るデジタルの映像に俺は反発する。あれがリアリティーとは思わない」。また構図について、「縦の構図、長めのレンズを使うと空気感が映る」「構図、照明、背景を極め、1カット1カットに意味を持たせた。そこに人の心も映っている」(日経新聞文化面2018.9.2)。短歌にも照らし合わせながら興味深く読みました。

  あなたが退(ど)くとふゆのをはりの水が見えるあなたがずつとながめてた水

魚村晋太郎『花柄』

 作者が〈あなた〉をながめていると、ふいに〈あなた〉が退き、〈あなた〉が、その奥に見える水に置き換わります。「作者ーあなたー水」の構図から〈あなた〉のみ失われ、そこに生じる空間。水は、川か、池か、水たまりか、雨か……。〈ふゆのをはりの水〉と特定され、さらに〈あなたがずつとながめてた水〉と意味付けられます。実際のところ、水を見ていた〈あなた〉を背後からみていた作者には、〈あなた〉がずっと水を眺めていたかどうかは見えないでしょう。しかしそれを書くことで、「水」は特別な水となります。〈あなた〉の不在以外、構図、照明、背景の何も変わらず、水以外に、音も動きもない静かな景が、不在をより際立たせ、深い喪失感を読者に伝えます。
 構図、照明、背景を追求することにより生まれるリアリティを考えていて思い出した1首でした。

(水甕岡崎支社 木村美和)