あの日々を皮膚のごとくに着続けしジャンパーに地震(なゐ)のにほひ残ると
雪は黙つて降るべ雨は黙らねべ しんしん痛む祖母の右足
作者は、山形県に生まれ、静岡県清水区の三保に育った。本歌集中、東北について詠われたものは多くないが、その印象は強く、歌集全体に深い陰影を与えている。
土地の名は枕詞であると言うが、「東北」という土地の持つ一つの詩情もあるだろう。震災のこともあるだろう。そして祖母の持つ繊細で深い感性と、土地の持つ生命力の強さが、作者へとたしかに引き継がれていることを、本歌集を読んで確認する。
みちのくより嫁ぎて来たる二十九の母か 道辺の蜜柑を拾ふ
二十九の母の黒髪浜風にまだ慣れざれば吹かれやすきよ
二十九という母の年齢を越えた作者である。母が蜜柑を拾う姿や、浜風に吹かれる姿は、実際には見ていないはずであるが、写真やビデオなどの記録だろうか。蜜柑の色鮮やかさや、浜風に煽られる長い黒髪の生々しさは、歌人としての霊感が作者に見せた心象風景のようにも思われる。
(水甕岡崎支社 木村美和)