水媒花

みんなで綴る短歌ブログ。

このブログで、共に短歌を学び、短歌で遊べたら幸せです。
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《このブログでやりたいこと》
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③交流    ~告知やちょっとした日常風景、作品など~
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黒き津波われを襲ひくる心地してテレビの前に強張りてをり
作田清江(秋葉四郎編『平成大震災』2013年 いりの舎)

 短歌結社「歩道」はアンソロジーとして歌集『平成大震災』を発行している。東北在住の会員たちによる作品はもちろんのこと、その他の地域やアメリカ在住の会員たちの作品も収録している。
 掲出歌は東京在住の作者による。東京は遠いから関係ないとか、いや死者も出ているし計画停電はあるしやはり被災地だとか、お腹いっぱいになるような混乱が起きていたが、「津波映像の恐怖」という点においては国内外の多くの人が共通して体感したのではないだろうか。
 視覚からの情報は強烈である。津波の映像を見た「私」は怯え、しかし逃げることもできず、まるで黒い津波に捉えられてしまった人のように動けなくなり「強張(こはば)」ってしまう。整いつつ過不足なく内容を伝えている歌だ。この作者は映像を見たことで心身に不調をきたさなかっただろうか、それだけが心配である。

 『平成大震災』を読んでいて気づいたのは、人はメディアでの見聞を詠もうとするということ、そしてそれは案外、作品として成立しているということだった。掲出歌を私たちが理解できるように、メディア体験もまた体験、メディアを通して被災したこともある種の被災体験と言えるのである。
 そして一方で、東北在住会員たちによる直接的な被災体験の歌が生々しく迫る。特に巻頭の中村とき(岩手在住)による連作「巨大津波」は、津波による死の恐怖という題材と、それに負けていない技術が光っている。

(重吉知美)

順接の接続詞もて文章をつなぐがごとき生を拒みつ
佐竹游『草笛』(2014年 現代短歌社)

 昨年2017年の短歌研究新人賞は、その受賞者・小佐野彈が同性愛者だということでも耳目を集めた。その話題を聞いた時、私はもう一人の歌人を思い起こしていた。
 「佐竹游」は筆名かもしれないが、彼女は少なくとも歌壇においてはレズビアンであることを表明して短歌を制作するオープンリー・ゲイである。しかし、彼女が2014年に第一歌集を発表した時はその完成度の高さにもかかわらず、小佐野ほどの話題にはならなかったようだ。私自身もこの歌集を遅れて知ったとはいえ、そのことが正直言って不満である。確かに佐竹が総合誌の賞を取るなど華々しく目立つ行為を選んだわけではないから仕方がないが、マイノリティとしての経験をモチーフにした迫力は負けていないし、それでいて気品のある文体は多くの読者が模範とするはずだ。

うしろより双の乳房を手につつむ月の面をおほへるごとく

 同性の恋人と愛し合う性愛の歌はすごく眩しい(ネットスラングで言うと「尊い」)。そして、異性愛の女たちも、男の体をこんなふうに能動的に愛してみたいし、愛していいんだと気付かされる。

 冒頭の掲出歌は、「順接の接続詞」のような人生をきっぱりと拒んだ、という「私」の態度を示している。つまり、いわゆるノンケの女性としての表向き「順調な」人生、男に愛されて子どもを産んで育てる、という安定した人生を捨てて、彼女は自分自身の愛と生を選んだのである。この態度によって、彼女は同性の恋人との大切な時間を勝ち取った。冒頭の歌に、異性愛者の男性たちすらも自分の人生を見つめ直し、勇気付けられることがあるのではないだろうか。

いちまいの蜻蛉の羽根におほはれて世界はあをき五月となりぬ

 こんな軽やかな歌も歌える人だ。
(重吉知美)
 
☆ 結社誌『水甕』2018年2月号の一海美根による歌壇時評「当事者性をうたう」も併せてお読みください。(水甕社ホームページ http://mizugame100.web.fc2.com

メジロメジロ

~ぼやきつつ鼻を啜りつつ佐田さんが蜜柑を割つては枝に刺してる

                            (木村美和)

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